釜浅商店 姫野作 アルミ鍋

 本来、わたしたちは道具を「使う」立場である。しかし、ときにその立場はくるりと反転して、道具のほうが私たちを動かしてくれることがある。使い心地の良いものに出会ったとき、道具は使い主の意図を超えて、わたしたちの日常をすこし明るく、楽しくしてくれる。
 浅草・釜浅商店で紹介している、姫野のアルミ鍋は、まさにそんな道具だ。
 浅草に詳しい知人に連れられて訪れた合羽橋の『釜浅商店』で出会ったのは、整然と並んだ鎚目が美しい、アルミの鍋。大阪の職人、三代目姫野寿一さんの工房の手作りの一品である。決め手となったのは、その軽やかさだ。しっかりと打ち込まれた鎚目の重厚さに反比例するかのように、片手で持てるほど軽い。「ひとつだけ買うならこれです」という言葉に背を押されて、煮込みに向いているという、『段付鍋』に決めた。
 使ってみて驚いたのは、強火でさっと熱が伝わるところだ。たとえば鋳物であれば火にかけてから全体にまで熱が回るのに少し時間がかかる。この姫野のアルミ鍋は、火にかければさっと熱くなり、反対に火を消せばすぐに冷えるため、とても使い勝手がよい。
 その秘密は、鍋の地のアルミにあるという。アルミというと、一般的には薄くて形が変わりやすいというイメージもあるが、姫野作のアルミ鍋は、純度の高いアルミを鎚で充分に叩き締めることで、しっかり硬くなり、しかも表面積が広くなる。まさにこれが熱伝導率の良さの秘密である。鉄やステンレスに比べて重さは1/3と軽く、熱伝導率は鉄の3倍。このアルミを使って、姫野工房では、片手の行平鍋、やっとこ鍋などさまざまな種類の鍋を制作している。
 カボチャを煮たときは、蓋をあけて、つい歓声をあげてしまった。だしをふくんだオレンジ色があざやかにしっとりと光り、先までピンと立っている。箸でつまんでも崩れず、歯を当てると、ようやくほろりとほどける。繊維を残しながら、中にしっかり火が通っている。自分が料理上手になったようで、嬉しくなってしまった。
 すっかり気を良くして、毎日、これも作ろう、あれも煮てみよう、となった。時には鍋の上までだしをたっぷりはり、大根や筋をどんどん放りこんで、おでんに。地のアルミが厚く焦げにくいので、ひじきやきんぴらなどの炒め煮などにもよいし、カレーやシチュウのようなしっかり煮込む料理にも適している。春には、新じゃがや蕗などに活躍しそうだ。
 このすてきな道具との縁をつないでくれた釜浅商店は、明治に創業した老舗だ。姫野の鍋だけではなく、刃物をはじめ、多くのプロも使うという全国の良い道具を紹介している。機会があれば、いちど訪れてみてほしい。

釜浅商店

かまあさしょうてん

TEL:03-3841-9355